刑法事例演習教材 事例16
今回の問題は、共犯における正当防衛の成否と、正当防衛の相当性の誤信に関する問題です。
正当防衛状況の誤信も、相当性の問題もどちらも誤想防衛という表現が使われているのですが、混同しないように注意しておきたいです。
第一.甲の罪責
1.共同正犯の成否
刑法60条の共同正犯が成立するためには、共同して犯罪を実行したといえなければならない。本件事案において、甲は乙とともにAを押さえつけているため、甲と乙は共同で犯罪を実行したということができる。
したがって、甲は共同正犯の罪責を負う。
2.傷害致死罪の成否
刑法205条の傷害致死罪が成立するためには、暴行を行い人を死亡させたといえなければならない。
本件事案において、甲は乙とともにAを押さえつけるという暴行を行い、Aを呼吸循環不全により死亡させているため、甲の行為は、乙との傷害致死罪の共同正犯に該当する行為であったということができる。
3.正当防衛の成否
共同正犯は結果発生に対して、促進的因果性を有する行為を行ったことを理由として、犯罪構成要件を拡張する観念であるため、違法性阻却事由である正当防衛の成否は共同正犯者各人において検討されなければならない。
刑法36条1項の正当防衛が成立するためには、①急迫不正の侵害が存在すること、②防衛行為であること、③相当性を有することが必要である。
(1) 急迫不正の侵害とは、不正な法益侵害行為が現在の者となっていること又は急迫していることを指す。
Aは外で飲酒をして酩酊した挙句、帰宅後に大声を出して暴れ、甲や乙に暴力を振るうことが常態化した者である。そのような者が、平成25年7月9日午前3時30分に帰宅し、乙や、甲に暴力を振るい、甲に殴りかかろうとしていたのであるため、Aによる甲の身体への法益侵害が発生しており、その侵害は現在の者となっていたということができる。
そのため、急迫不正の侵害が存在していたということができる。
(2) 防衛行為であるといえるためには、防衛意思をもって、防衛のための行為を行ったといえなければならない。
本件事案において、甲がAを押さえつけるという行動に出たのは、Aがアパート内で暴れ、このようなAの暴力を阻止するためのものであったことからすると、甲は、防衛意思があったということができる。また、このように暴れる者を押さえつける行為は、防衛のための行為である。よって防衛行為であったということができる。
(3) 相当性を有するといえるためには、必要最小限度の行為を行ったといえなければならず、このような法益の均衡は、具体的防衛状況の下で、総合考慮して判断される。
本件事案において、甲が乙とともにAを押さえつけているが、この際乙はAの首を強く押さえつけ、死亡させている。このような行為は、人を死亡させる危険の高い行為であるため、甲の乙とともにAを押さえつけた行為は必要最小限の行為とはいえず、相当性を欠く。
(4) したがって、刑法36条1項の正当防衛は成立せず、刑法36条2項の過剰防衛が成立する。
4.誤想防衛
客観的に過剰防衛に該当する行為であるにもかかわらず、その過剰性を基礎づける行為の事実について認識が欠ける場合、違法な構成要件についての事実の認識を欠くとして、刑法38条1項により故意が阻却される。
本件事案において、甲は、乙がAの後頚部を強く押さえつけていると認識委せずにAの体を押さえつけているため、甲にはAを押さえつける際の過剰性を基礎づける事実についての認識を欠いていたということができる。
したがって、甲には過剰な行為を行ったとの故意が欠け、刑法38条1項により故意が阻却される。
5.したがって甲は無罪
第二.乙の罪責
1.共同正犯の成否
刑法60条の共同正犯が成立するためには、共同して犯罪を実行したといえなければならない。
本件事案において、乙は甲とともにAを押さえつけているため、共同して犯罪を行ったということができる。
したがって、乙は共同正犯としての罪責を負う。
2.傷害致死罪の成否
刑法205条の傷害致死罪が成立するためには、暴行を行い、人を死亡させたといえなければならない。
本件事案において、乙は甲とともにAを押さえつけるという暴行を行いAを死亡させているため、傷害致死罪に該当する行為を行ったということができる。
そのため、乙は傷害致死罪に該当する行為を行ったということができる。
3.正当防衛の成否
刑法36条の正当防衛が成立するためには、①急迫不正の侵害が存在することと、②防衛行為をすることと、③相当性を有する行為を行ったといえることが必要である。
(1) 急迫不正の侵害とは、現在または、間近に差し迫った違法な法益侵害行為が存在していることを指す。
本件事案においいて、Aは甲及び乙に対して暴力をふるっていたのであるため、急迫不正の侵害は存在していたということができる。
(2) 防衛行為であるといえるためには、防衛意思の下防衛行為を行ったといえなければならない。また、防衛意思は、加害意思が存在していたために否定されるものではない。
本件事案において、乙がAを押さえつけた際に、Aに対する激憤の念や、反感といった感情が乙に生じているが、乙がこのようにAを押さえつけるに至ったのは、乙や甲の身体を守るためであるため、防衛意思は存在しているといえる。また、このように暴れるものを押さえつける行為は防衛行為に当たるため、防衛行為が存在していたということができる。
(3) 相当性とは、防衛のためにした行為が必要最小限のものであることを指す。
本件事案において、乙はAによる暴力を防ぐため後頚部を強くおs是付けるという行為を行っているが、このような行為は、窒息等により人を死亡させる危険を有する行為であるため、必要最小限度の行為であるとはいえない。
(4) したがって、乙には刑法36条1項の正当防衛は成立せず、刑法36条2項の過剰防衛のみが成立する。
5.したがって乙には刑法60条、刑法205条の傷害致死罪の甲との共同正犯が成立し、刑法36条2項により減軽される。