平成27年司法試験知的財産法 第一問

平成27年司法試験知的財産法第一問について書いていきます。

 

特許判例百選 第5版 (別冊ジュリスト)

特許判例百選 第5版 (別冊ジュリスト)

  • 発売日: 2019/08/05
  • メディア: ムック
 

 

 設問1

1.丙は甲に対して特許法123条1項に基づく特許無効審判請求を行っているが、この丙の請求が認められるか検討する。

(1)特許法123条1項2号によれば、特許法29条に反して特許権が付与された場合、特許無効審判を請求することができるとされている。特許法29条1項1号によれば、公然知られた発明について特許権を付与することはできないとされており、特許法29条2号によれば、公然実施された発明についても特許権を付与することはできないとされている。

 特許法29条1号の公然知られるとは、秘密保持義務が保障されていない者に知られることを指す。本件事案において確かに甲はα発明の実施品を試験的に販売しているため、公然知られているといえそうである。

 甲の反論として、この販売の際、α発明の中身を公開していないことを主張することが考えられる。この甲の主張は、α発明が化学物質であり、分解しても特殊な道具を用いなければ、解析することが困難であるため、販売したとしても、発明の中身を知られることはない。

 そのため、甲が反論するように、公然知られたとは言えない。

 公然実施とは、秘密保持が保障されていない者に対して公表することを指す。本件事案において甲はα発明の販売を行っているが、この販売とは、特許法2条3項1号の発明の譲渡に当たる行為であるため、甲は物の発明を公然実施したといえる。

 これに対して甲は、特許法30条2項に基づき新規性喪失の例外を主張することが考えられる。この規定によれば、特許権者の行為に起因して公然実施されるに至った場合には、1年間に限り新規性喪失が認められないとされる。

 本件事案において、甲は平成20年3月にαの公然実施を行っているが、これは、当該発明が市場性を有するか確認するためであり、甲の行為に起因して発明が公然実施されるに至ったといえる。

 そのため、甲の反論が認められ、特許法30条2項により、特許法29条1項2号の事由があるとは言えない。

(2)特許法123条1項2号によれば、特許法39条1項ないし4号の事情があれば、特許権を付与することはできないとされている。

 本件事案において、甲と乙は両方とも平成21年2月5日に出願をしている。

 しかし、甲発明は構成要件ABCからなる物であり、乙発明は構成要件ABc1からなる物であるため、甲は特許法39条1項にいう同一の発明ではないと主張し、この主張は認められると考えられる。

 したがって、特許法123条1項2号に基づく丙の請求は認められない。

(3)仮に、乙の出願が平成21年2月4日に行われていた場合、乙の請求が早く、特許法123条1項2号に基づき、特許法29条2項により進歩性が失われていると主張することが考えられる。

 特許法29条2項によれば、通常の知識を有する者が発明をすることができた場合には進歩性がないとして特許を受けることはできないとされている。本件事案において、甲発明は構成要件ABCからなる発明であり、乙発明は構成要件ABc2からなる発明である。乙発明が出願され知られている以上c2の上位概念であるCを含めた化学物質についても容易に相当することはできるため、甲発明は進歩性がないということができる。

 そのため、甲の反論は認められず、特許法123条1項2号に基づき丙の主張が認められる。

設問2小問(1)

1.特許法100条によれば、特許権侵害を行った者に対して差し止め請求を行うことができる。

 特許権侵害があったといえるためには特許法68条に規定される通り業として発明の実施を行ったといえなければならない。

(1)業としてとは、家庭内実施以外のものを指す。本件事案において、乙はγ発明の実施品を製造販売していることから、家庭内実施ではない行為を行っているということができる。そのため、乙は業としての行為を行ったといえる。

(2)発明の実施を行ったといえるためには、特許法70条に規定される発明の技術的範囲について、特許法2条3項1号の行為を行ったといえなければならない。

 本件事案において、乙は、構成要件ABc2からなる発明により作られる化学物質の製造販売を行っているが、このc2という部分は甲発明の下位概念であるため、α発明の範囲内ということができるうえ、乙は製造販売という特許法2条3項1号の生産譲渡行為を行っているといえる。

 したがって甲は特許法100条に基づき差し止め請求を主張することができる。

(2)したがって、甲の請求は認められる。

小問(2)

1.特許法65条1項によれば、特許権設定前に業として発明を実施したものに対して実施に対して受けるべき金銭に相当する額の補償金支払い請求をすることができるとされている。

 本件事案において、乙は、平成21年2月5日の甲出願前から平成23年8月15日までの期間甲発明を実施していたのであるから、甲は乙に対して補償金請求を行うことができる。しかし、甲は、警告文を発していないため、この補償金請求を行うことができない。

2.仮に甲が平成23年6月までに警告文を発していない場合、補償金請求をすることができなくなるのではないかと考えられるものの、甲の特許権が設定されるのは平成23年8月15日であることから、警告文を発して補償金請求を行うことができる。

設問3

1.甲は丁に対して特許権侵害を理由として損害賠償請求を行っているが、丁は甲の特許権を侵害しているため、民法709条に基づき損害賠償請求をすることができる。

2.これに対して丁は甲は自己実施をしていないことから特許法102条2項に基づいて損害賠償の算定を行うことはできないと主張することが考えられる。

 特許法102条2項に基づき損害賠償請求を行うためには特許権者の販売による利益が落ちたことを主張しなければならないものの、本件事案において甲は発明の自己実施を行っていないことから、甲に対する損害は発生していないということができる。そのため、甲は特許法102条2項に基づいて損害額の推定を主張することはできないといえる。