平成26年司法試験刑法

平成26年司法試験刑法を解いていきます。

 

 

 第一甲の罪責

1.甲は、母親としてAに対して授乳を行うべきであるにもかかわらず、7月1日の朝より授乳等を行っておらず、Aを死亡させているが、このような甲の行為について殺人罪が成立するか検討する。

(1)刑法199条の殺人罪が成立するためには、人を殺したといえなければならない。人を殺すことは不作為によっても可能であるため、作為義務にある者が、作為可能性があるにもかかわらず、救命のために必要な行為を行わず人を死亡させた場合には、不作為の殺人罪が成立すると考えられている。

 作為義務は結果原因を支配している者に認められるのであるが、この作為義務が認められるか否かは、法令、先行行為、排他的支配を総合考慮することによって決定される。

 本件事案において甲は、Aの母親であるため、民法820条によって親権者として監護義務を負うものであるということができる。また、甲は、7月1日に授乳を中止するという先行行為を行っている。さらに、甲方には甲のほかに丙もおり、二人でAの世話を行っていたといえるものの、Aに対しての授乳はAの体質上甲が授乳を行うことによってしか行うことができず、甲がAの生命の危機について排他的に支配していたということができる。

 以上のことから、Aが栄養失調などで死亡するという結果について甲が排他的に支配しているといえ、甲にAに対する授乳等を行う作為義務があるということができる。

(2)7月1日の時点で甲は授乳を行うことは容易にできたのであるから、作為可能性も認められる。

(3)このような作為義務があるにもかかわらず、甲は7月1日より授乳を行わず、Aに対する授乳を行う作為義務に違反したということができる。

(4)不作為の殺人について因果関係が認められるためには、作為を行えば、結果を回避できたと認められる合理的可能性があり、その不作為の危険性が結果に現実化したといえなければならない。

 本件事案においてAが死亡したのはタクシー事故による脳挫傷である。このタクシー事故は衰弱したAを乙に発見されなければ発生しなかったのであるから、作為を行えば、なかったであろうということが合理的に認められる。しかし、甲の不作為によって生じた危険はAが栄養失調で死亡する危険であり、脳挫傷によって死亡する危険ではない。

 そのため、Aの死亡は甲の不作為の危険性が結果に現実化したといえる関係にない。

(5)殺人既遂罪は成立しないのであるから、刑法43条本文のような関係が認められ、刑法199条203条により殺人未遂罪が認められる可能性がある。刑法43条によれば、実行に着手したにもかかわらず遂げなかったといえなければならない。実行に着手したといえるためには、結果発生の客観的危険を発生させたといえなければならない。

  本件事案において、生後4か月の乳児に対して授乳を行わなければ24時間後から体力消耗による死亡の危険が発生するにもかかわらず、甲は7月1日から7月2日まで授乳を行わないことによってAの死亡する危険を発生させている。そのため、甲は7月2日まで授乳等を行わないことによりAの殺人の実行に着手したということができる。

 にもかかわらず、Aは栄養失調で死亡しなかったのであるから、殺人の結果は発生していないといえる。

 したがって、刑法43条本文により刑法199条203条の殺人未遂罪が成立する。

2.これに対して甲は7月3日の夕方に授乳を再開したのであるから刑法43条但書によって中止犯が成立すると主張することが考えられる。

(1)刑法43条但書によって中止犯が成立するためには、自己の意思により犯罪を中止したといえなければならない。

 自己の意思とは犯罪の実行を続けようと思えば続けることができたが中止したといえる関係になければならない。本件事案において、甲が授乳を再開したのはAがかわいそうになったからであるが、このような状態になっても授乳の中止を続けることは可能なのであるといえる。しかし、甲は授乳をこれに反して再開しているのであるから、自己の意思で中止したということができる。

 中止行為を行ったといえるためには、危険の消滅に向けた行為を行う必要がある。甲が授乳を再開した時点である7月3日の夕方においては甲が授乳を中止してから48時間以上が経過しており、授乳を行ってもAが助かる可能性がない。そのため、この甲の行為はA死亡の危険の消滅に向けた行為であるということはできず、中止行為であるとは言えない。

(2)したがって、甲に中止犯は成立しない。

3.したがって甲には殺人未遂罪が成立する。

第二丙の罪責

1.丙は甲がAに対する授乳を中止していることを認識したにもかかわらず、授乳を再開するよう言わないことによって甲の殺人未遂を助けたため、刑法62条1項によって殺人未遂の幇助犯が成立するか検討する。

(1)刑法62条1項によれば、幇助犯が成立するためには、幇助行為を行ったといえなければならないとされているが、幇助行為を行ったといえるためには、実行行為に対して物理的または心理的に促進的因果性を有する行為を行ったといえなければならない。

 また、この幇助行為を不作為によって行ったといえるためには、幇助行為を行う作為義務があり、作為可能性があるにもかかわらず、作為を行わなかったといえなければならない。

 作為義務が認められるか否かは法令と先行行為、排他的支配などを総合考慮することによって認められる。本件事案において丙はAの親権者ではないものの、甲と1か月近く同棲する者であるにすぎないため、婚姻に準じるものとしてAに対して法律上看護義務を負う関係にはないということができる。また、丙は甲が授乳を行わなくなるために先行行為を行ったといえるような過去はない。しかし、甲に対して授乳を行うよう言う立場にあるのはAと甲の様子を見ることのできた丙のみであり、A死亡の結果の防止を助けるべき地位を排他的に支配しているということができる。

 そのため、丙には甲が授乳を行うよう促す作為義務が認められる。

 また、丙は甲に対して授乳するよう促すことも可能であるため、作為可能性も認められる。

 にもかかわらず、丙は甲に対して授乳を促していないため、甲に対して授乳を促す作為義務に違反したということができる。

(2)幇助行為であるといえるためには心理的または物理的に促進的因果性を有する行為を行ったといえなければならない。本件事案において、甲は丙が何も言わなかったことによってAに対して授乳を行わない心理的手助けとなっているため、丙は作為義務に違反することによって心理的に促進的因果性を有する行為を行ったということができる。

 したがって、丙には殺人未遂罪の幇助を行ったということができる。

(3)丙には殺人未遂罪の幇助犯が成立する。

2.丙は7月3日に甲の母親が甲方を訪問することを阻止しているが、これによって甲の殺人未遂の幇助を行ったといえるかが問題となる。

(1)刑法62条1項によれば、幇助犯が成立するためには、結果発生のための促進的因果性を有する行為を行ったといえなければならない。

 本件事案において、丙は甲の母親が甲方を訪問するのを阻止することによって、衰弱したAの発見を防止し、Aが救命されることを防止している。このことによって甲がAに対する授乳を行わないことについて物理的に因果性を有する行為をしたということができる。

 したがって、丙は、甲の殺人未遂について幇助を行ったということができる。

(2)丙には殺人未遂罪の幇助犯が成立する。

3.以上の二つの幇助行為を丙は行っているが、どちらも同一法益に向けた行為であり、後者の幇助行為は前者の不作為の一態様であると認められることから、これらの行為は包括して一つの行為であるということができる。

 したがって丙には刑法62条1項により1個の殺人未遂罪の幇助犯が成立する。

第三乙の罪責

1.乙は甲方に立ち入っているが、この乙の行為が刑法130条の住居侵入罪に該当するか検討する。

(1)刑法130条により住居侵入罪が成立するためには、住居に対して立ち入ったと認められなければならないとされる。

 住居とは人が起居寝食の用に供する建物であるといえなければならないところ、甲方は甲が起居寝食の用に供しているため、住居であるということができる。

 確かに甲方は乙名義で借りられているものの、住居侵入罪の保護法益は住居の管理権者の管理権であるため、現に甲方を管理していない乙には甲方の管理権が認められない。そのため、乙が甲方に侵入したとしても住居侵入罪は成立しうる。

 侵入とは住居権者の意思に反する立ち入りのことを指す。本件事案において、乙はAを取り返すために立ち入っているが、この行為はAの母親である甲の意思に反するものといえる。

(2)したがって、乙には住居侵入罪が成立する。

2.乙は甲方からAを連れ去っているが、このような乙の行為が刑法224条の未成年者略取罪に該当するか検討する。

(1)刑法224条によれば、未成年者を略取した場合に未成年者略取罪が成立するとされている。

 Aは生後4か月の乳児であるため未成年者であるということができる。

 略取とは暴行、脅迫などの実力行為により生活環境から移転させることを指す。本件事案において、乙はAを抱きかかえて連れていくという実力行為によって、甲方というAの生活環境からAを移転させているため、略取行為を行ったということができる。

 乙はAの父親であるため、法益侵害がなく未成年者略取罪は成立しないと主張することが考えられる。しかし、未成年者略取罪の保護法益は一方の親権者及び監護権者の未成年者に対する憂慮であるため、もう一方の親権者監護権者であっても未成年者略取罪は成立する。

 したがって、乙には刑法224条の未成年者略取罪が成立する。

(2)これに対して、乙は、親権者の正当行為であるため、刑法35条によって違法性が阻却されると主張することが考えられる。

 未成年者略取誘拐が親権者の行為として正当なものであるといえるためには、略取行為の態様、これまでの監護の実態、未成年者の年齢、監護可能性などから相当なものであるといえなければならない。

 本件事案において、確かに甲がAに対する監護を怠っていたという実態はあるものの、これまで監護を行っていたのは甲であり、さらに、乙がAを連れ去ったとしてもAの体質からAを監護することはできないのであるから乙が連れ去ることは親権者として相当なものであるといえない。

 よって正当行為であるといえない。

(3)よって、乙に未成年者略取罪が成立する。

3.よって乙には住居侵入罪と未成年者略取罪が成立する。これらの罪は罪質の通例上手段と結果の関係にあるものであるとは言えないため、刑法54条1項後段の牽連犯は成立しない。したがって刑法45条により併合罪が成立する。

以上