平成21年司法試験憲法

平成21年司法試験憲法を解いていきます。

 

 

 設問1

1.X教授は審査委員会規則8条に基づく本研究の中止命令は憲法23条上保障される学問の自由を侵害すると主張することが考えられるため、検討する。

(1)憲法23条によれば、学問の自由はこれを保障すると規定されているが、この学問の自由は学問研究を行う大学教授に対しては審理の追及のために高度な学問の自由を与えているとされる。

 本件事案において、X教授の本研究に対しての中止命令が出されているが、この中止命令によって、X教授が大学での研究として行おうとしていた遺伝子治療の臨床研究を行うことができなくなることから、X教授に保障される高度の学問の自由が侵害されているということができる。

 そのため、審査委員会規則8条に基づく本研究の中止命令はやむを得ないほどの必要性があり合理的な範囲に限定して解釈されなければならない。

 審査委員会規則8条によれば、医学部部長は、被験者の死亡その他遺伝子治療臨床研究により重大な事態が生じたときは総括責任者に対して中止命令を発することができると規定されている。この規定は遺伝子治療の臨床研究の被験者の身体の安全を保護しているものと解されることから、身体の安全を害する範囲ではX教授の持つ学問の自由は保障されないため、Cが重体に陥った以上Xの研究に対して学問の自由は保障されず審査委員会規則8条を限定的に解する必要はないと主張されることが考えられる。

 しかし、遺伝子の臨床研究といったような医学に関する研究は必然的に被験者の身体の安全を害するおそれを伴うことから、身体の安全を害する恐れがあることを理由として学問の自由の保障を否定するのは適切ではなく、更に、本件事案において、Cは重体から回復していることから、被験者であるCを死亡させる差し迫った危険性があったものということはできない。

 そのため、憲法23条の学問の自由の観点から、審査委員会規則8条の重大な事態を生じたときとは、対象となる遺伝子治療によって被験者の死亡若しくは重大な後遺症が残る現実的危険があり、回復させることが困難な場合に限定される。

(2)本件事案において、X教授の遺伝子治療臨床研究によって、Cは重体に陥っているものの、重体から回復できる程度のものであった。そのため、X教授の本研究は被験者の死亡の現実的危険を発生させるものでもなく、被験者に回復困難な重大な後遺症を与えるものでもないことから、審査委員会規則8条の遺伝子臨床研究により重大な事態が生じた場合には当たらない。

2.したがって、Y県立大学のXに対する本研究の中止命令は違法無効であるということができる。

設問2

1.X教授は遺伝子保護規則6条1項に違反したことを理由として1か月の停職処分を受けているものの、この1か月の停職処分はXの学問の自由を侵害すること、Cの知る権利を侵害することを理由として違法であると主張することが考えられる。

(1)まず、X教授に対する1か月の停職処分はY県立大学医学部の内部的な作用であり市民法秩序に影響しないものであることから、裁判所の審判権の対象外であると主張することが考えられる。しかし、裁判所法3条1項によれば、裁判所は法律上の争訟に対して審判権を持つとされており、法律上の争訟とは権利義務や法律上の地位に関する法律を用いて終局的に解決可能な紛争を指すとされる。

 本件事案におけるXに対する1か月の停職処分というものはXとY県立大学医学部の間の法的地位に関する問題であり、この停職処分の妥当性というものは規則などを用いて終局的に解決可能であるため、裁判所法3条1項の法律上の争訟に該当するということができる。

 したがって、Xに対する1か月の停職処分についてXが争うことができないとの主張は当たらない。

(2)憲法23条によれば、学問の自由が保障されており、歴史的な経緯から大学教授については高度の学問の自由が保障されているということができる。

 遺伝子情報保護規則に違反したことを理由として停職処分がされることが考えられるため、遺伝子情報保護規則6条2項を拡張解釈せず、1項違反を理由としてXに対して行った停職処分は学問の自由を制約すると考えられる。

 そのため、遺伝子情報保護規則による不利益処分については学問の自由を尊重する観点から限定的に解釈されなければならない。しかし、遺伝子情報保護規則の目的は被験者その他の者の遺伝子情報に関する憲法13条により保護されたプライバシーを保護することを目的とするものであることから、直接的に学問の自由を侵害するものであるということはできない。そのため、遺伝子情報保護規則6条2項の遺伝子情報の開示の範囲については合理的目的が認められる範囲でしか限定的に解釈することはできないとY側の主張する通りに解される。

 しかし、遺伝子情報というものは使い方いかんによっては個人のし好などを判断することができるにすぎず、これによって憲法13条で保障される個人のプライバシーが保護されるべき領域に直接介入することができるものでもないことから、プライバシーといえどもみだりに開示されない範囲でしか保護されないということができる。

 そのため、遺伝子情報保護規則6条2項の遺伝子治療の対象となる疾病の原因となる遺伝子情報については合理的必要性があり、それによって公開される範囲もプライバシー侵害としても相当といえる範囲で被験者に公開することができると考えられる。

 本件事案において、XはCの遺伝子情報を開示しているが、Cの遺伝子のどの点に問題があるか明らかにするために必要であると解され、さらに、Cの同意を得て遺伝子情報を開示していることから、プライバシー侵害も相当程度のものであるということができる。そのため、Cに対してCの遺伝子情報を公開したことは遺伝子情報保護規則6条2項の例外に当たるため、このことを理由として同条1項に基づいて停職処分を下すことはできない。

 また、本件事案において、XはCの家族の遺伝子情報を開示しているが、Cの遺伝子の異常の原因がどこにあるのか明らかにするために必要であった。確かにCの家族に対して遺伝子情報を公開する同意を得ていないものの、Cの家族らに対しては遺伝子検査を行うに際して説明を行っていることから、Cに公開する可能性も説明していたと考えられることから、直接の同意を得ていなくとも遺伝子情報保護規則6条2項の例外に含まれるということはできる。

 したがって、憲法23条の学問の自由を保障する観点からX教授に対する1か月の停職処分は違法無効であるということができる。

(3)また、憲法21条1項によって知る権利が保障されていることから遺伝子情報保護規則6条1項違反を理由とする停職処分は違法であると主張することが考えられる。

 憲法21条1項は表現の自由を保障しており、その表現の自由に奉仕するため知る権利についても表現の自由と同様に保障していると考えられている。

 しかし、情報公開を求めるという意味の知る権利については情報を公開する組織の情報公開の規定によって具体化されるにすぎないことから、憲法21条1項によって保障される知る権利とは異なり情報公開を行わないことがその組織の裁量権の範囲を逸脱したといえるほどの明白な不合理な事由がない限り違憲であるということはできない。

 本件事案において、遺伝子情報保護規則6条1項は原則として遺伝子情報について公開しないことを定めることによって被験者であるCの情報公開としての知る権利を侵害しているということができる。

 確かに、第三者の権利を理由として意見主張をすることはできないとのY側の主張も考えられるものの、第三者の権利が原告の権利と関係すると認められる場合についても意見主張は認められており、本件事案において、第三者であるCの権利が遺伝子情報保護規則6条1項によって侵害されており無効であると認められる場合Xにとっても停職処分の無効事由になることから、Cの知る権利の侵害の事実はXにとっても利益となると考えられる。そのため、XもCの情報公開としての知る権利の侵害を理由として遺伝子情報保護規則を限定的に解釈すべきであると主張することができる。

 そのため、遺伝子情報保護規則6条1項違反の事由はY県立大学病院の裁量権の範囲を明白に逸脱したと認められない範囲で限定的に解釈されなければならない。

 遺伝子情報保護規則6条2項によれば、公開できる範囲について遺伝子検査又は診断を受けた者からの求めがある場合に、遺伝子治療の対象である疾病の原因となる遺伝子情報に限り開示することができるとされていることから、この範囲で情報公開が認められているということができる。

 本件事案において、Cは遺伝子検査を受けた者であり、疾病の原因となった遺伝子情報の開示を求めていることから、Cに遺伝子情報を開示した行為は遺伝子情報保護規則6条2項に基づくものとして適法なものということができる。

 また、Cの家族も遺伝子検査を受けた者であり、Cが疾病の原因となった遺伝子情報の開示を求めており、この家族の情報もCの本人の遺伝子情報と同一視することができることから、遺伝子情報保護規則6条2項の事由に該当するということができる。

 したがって、XがCに対してCの遺伝子情報及びCの家族の遺伝子情報の開示を行ったことは適法であり、これを認めない措置は憲法21条より派生して認められる情報公開請求としての知る権利の侵害であるということができる。よって、Xに対する遺伝子情報保護規則6条1項違反を理由とする停職処分は違法無効なものであるということができる。