事例演習教材刑法 事例23
事例演習教材刑法の事例23の解答を上げておきます。
この事例については刑法の性犯罪規定の改正により論点となる部分の書き方が、解説のものと異なっています。
答案を書く際はこの部分について注意を払いつつ書きましょう。
第一.強制性交等致傷罪
1.刑法177条180条の強制性交等未遂罪が成立するためには、暴行または強迫を用いて、性交等を行おうとしたものの、その目的を遂げなかった場合に成立するとされる。
この目的を達しなかったとは、刑法43条本文によれば、犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった場合を指すが、実行に着手したといえるためには、客観的に犯罪の法益侵害の危険が発生したと認められなければならない。
刑法177条における脅迫とは、相手の犯行を抑圧するに足る程度の害悪の告知を指すが、本件事案において、甲は、小型ナイフを用いて、おとなしくしていれば殺さない旨Bに申し向けているため、このような脅迫行為が行われれば、犯行の意思を生じることがなくなると考えられるため、相手の犯行を抑圧するに足る程度の害悪の告知はあったといえる。甲は、このように、強いて性交することを可能にする行為を行っているため、甲は、刑法175条の犯罪の実行に着手したといえる。
しかし、甲は人違いであると気づき、あわてふためき性交等を行っていないのであるから、強制性交等の目的を達しなかったということができる。
したがって、甲は刑法43条本文により、強制性交等の未遂犯を行ったということができる。
2.また、刑法181条によれば、強制性交等の未遂罪を犯し、よって人に障害を与えた場合には強制性交等致傷罪の罪責を負うとされる。そのため、この犯罪が成立するためには、強制性交等の機会に障害の結果が生じたといえなければならない。この強制性交等の機会であるか否かは時間的場所的近接性によって判断する。
本件事案において、甲は強制性交等未遂の罪に当たる行為を行っているため、強制性交等未遂の罪に当たる行為を行っているため強制性交等の未遂罪を犯した者にあたるということができる。また、甲がBの後頭部に過料40日の重傷を与えたのは、Bを羽交い絞めにした現場からBが逃走することを防止するときにBを強く推し、後頭部を激しく打ったために発生したものである。そのため、Bの傷害は時間的にも場所的にも近接した場所で行われたということができるため、強制性交等の機会に行われたということができる。
そのため、甲は刑法181条の強制性交等致傷罪の行為を行ったということができる。
3.しかし、甲はB男をA女と誤って強制性交等致傷罪に該当する行為を行っているため、刑法38条1項により故意が阻却されるか検討しなければならない。
刑法38条1項は、罪を犯す意思がない場合に故意が阻却されるとしているが、本件事案において、甲はAという13歳以上の者に対して刑法181条の罪を犯す意思で、13歳以上のものであるB男に対して刑法181条の行為を行っているため、刑法38条1項によって故意が阻却されることはない。
4.よって甲は刑法181条の罪責を負う。
第二.遺棄罪
1.刑法217条の遺棄罪が成立するためには、病者を遺棄し、その者の生命に対する危険を発生させたといえなければならない。
本件事案におけるB男は、気を失っている者であるため、身体の生理機能につき障害を負っている者すなわち病者ということができる。
また、甲は、Bを林の茂みの奥深くという気絶したBを発見させるのを困難にし、Bの死亡の危険を発生させる場所に移しているため、甲は遺棄行為を置かなったということができる。
2.これに対し、甲は、Bは既に死亡しているものと誤解していることから、息を行う故意に欠け、刑法38条1項により故意が阻却されることが主張する。
刑法上のある構成要件に該当する行為を他の構成要件に該当するとの意思の下に行った場合、客観的に成立した犯罪と、成立したと考える犯罪の構成要件との間に構成要件的重なり合いがあるといえる場合でなければならない。
本件事案において、甲の主観では、Bの死体を林の茂みの奥深くに移置するという遺棄行為を行うことによって、刑法190条の死体遺棄罪に該当する行為を行ったというものであるため、刑法190条と刑法217条の構成要件に重なり合いが認められなければならない。
刑法217条の罪も刑法190条の罪も生きという行為を処罰する点で構成要件的に重なり合いがあるものの、客体について病者と死者という異なる客体に対する者に対して成立する犯罪であり、さらに、保護法益も遺棄罪は人の生命の安全を保護するのに対し、死体遺棄罪は死者に対する哀悼の念を保護する者であるため、保護法益は全く異なる。そのため、刑法190条と刑法217条との間に構成要件的重なり合いはないといえる。
3.したがって、甲は、刑法217条の罪を行う故意が欠け、刑法38条1項により刑法217条の遺棄罪の故意が阻却され、犯罪不成立となる。
第三.窃盗罪
1.刑法235条の窃盗罪が成立するためには、他人の財物を摂取したといえなければならない。
他人の財物であるといえるためには、他人の占有する者であることが社会通念上認められ、その者について財産的価値のある有体物であることが認められなければならない。本件事案において、Bは気絶しながらも自己の財布の中の現金について占有していると社会通念上認められ、更に財布の中の現金5万円については財産的価値のある有体物であることが認められる。そのため、甲は他人の財物に対する行為をおこなったといえる。
また、窃取したといえるためには、経済的効用を得る目的で不法に占有を移転したといえなければならないところ、本件事案において、甲は遊興目的という経済的効用を得る目的で持ち去りという不法な占有移転を行っているため、甲は窃取行為をしたといえる。
2.しかし、甲は死者であるBから現金を持ち去ったと考えているため、どのような犯罪を行ったとの故意を有していたと考えるべきか検討しなければならない。
社会通念上、死者であっても死の直後は占有を肯定できると考えられているため、死の直後であれば刑法235条にいう占有が認められる。
本件事案において、甲は死亡したBのポケットの財布の中の現金5万円を持ち去っているが、この現金はいまだBの占有下にあり、甲はそれに対して窃取行為を行ったといえるため、Bが死亡していたとしても甲に窃盗罪が成立する。
したがって、甲について刑法38条1項の故意が欠けることはなく、甲には刑法235条の犯罪が成立する。
第四.罪数
したがって甲は刑法181条の罪責と刑法235条の罪責を負い、刑法45条により併合罪となる。