平成27年司法試験刑法
平成27年司法試験刑法を解いていきます。
第一甲の罪責
1.建造物侵入罪の共同正犯の成否
甲は乙との共謀に基づき新薬の書類をもちだすためにA社のビルに立ち入っているが、このような甲の行為が刑法130条の建造物侵入罪の共同正犯に該当するか検討する。
(1)甲と乙は後述するように刑法60条の共同正犯の関係にある。
(2)刑法130条の建造物侵入罪が成立するためには、人の看守する建造物に立ち入ったといえなければならない。
本件事案におけるAビルにおいて、新薬開発部の部内会議が行われていることから、A社ビルは新薬開発部が看守していると解される。さらに、甲は新薬開発部の新薬の書類を持ち出すためという、A社の意思に反する目的でA社ビルに立ち入っていることから、建造物に侵入したということができる。
したがって甲には乙との共同正犯による建造物侵入罪が成立する。
2.業務上横領罪の共同正犯の成否
甲と乙は新薬の書類を持ち出す計画を立て、新薬開発部の部長の甲が占有する新薬開発の書類を持ち出しているが、このような甲の行為が刑法253条の業務上横領罪に該当するか検討する。
(1)刑法253条の業務上横領罪が成立するためには、業務上占有する他人の物を横領したといえなければならない。
(2)業務上横領罪にいう業務上占有するとは社会生活上財物を反復継続して取引する地位ににあり、占有しているといえなければならない。
本件事案において、甲は新薬開発部の部長からA社の財務部経理課に配置転換されている。A社においては、新薬の書類について新薬開発部が保管しているのであるから、財務部経理課の甲は社会生活上新薬の書類を反復継続して取引する地位にない。さらに、甲は新薬開発部の新たな部長に引き継ぎを行っていることから、新薬開発部の金庫についての占有を失っているといえる。
(3)したがって甲に業務上横領罪は成立しない。
3.窃盗罪の共同正犯の成否
(1)刑法60条により共同正犯であると認められるためには共同して犯罪を実行したといえなければならない。共謀共同正犯として共同正犯の罪責を負うためには、複数人が謀議を行い計画に基づいて各人の犯罪を実行したといえなければならない。
本件事案において、甲は、乙から、新薬開発の書類を持ち出すよう依頼されており、乙も新薬の書類の持ち出しの対価として300万円を渡すことを話し合っていることから、甲と乙は謀議を行ったということができる。また、この謀議に基づいて甲は新薬開発部の書類を持ち出していることから、計画に基づき各人の犯罪を実行したということができる。
したがって、甲は乙との共同正犯の罪責を負う。
(2)刑法235条の窃盗罪が成立するためには、他人の財物を窃取したといえなければならない。
(3)本件事案において、甲は後任の新薬開発部の部長に引き継ぎを行い新薬の書類が保管されている金庫の暗証番号を教えていることから、新薬の書類について後任の新薬開発部の部長が占有しているといえる。
(4)また、窃取とは他人の意思に反する財物の移転を指すとされている。本件事案において、ライバル会社の社員に渡すため新薬の書類を持ち出していることから、新薬の書類について占有する新薬開発部の意思に反する財物の移転を行ったということができる。
(5)さらに、領得罪が成立するためには、他人の占有を排除することと、財物を利用する意思という不法領得の意思がなければならないが、ライバル会社の社員に渡すことを目的としているため、A社の新薬開発部の占有を排除する意思があるといえる。また、甲は300万円を得るためにこれを行っていることから、利用意思もあるといえる。
そのため、不法領得の意思があるといえる。
(6)したがって甲には乙との共同正犯による窃盗罪が成立する。
4.強盗致傷罪の成否
甲はCのカバンを取り上げ、加療一週間のすり傷を負わせているが、このような甲の行為が強盗致傷罪に該当するか検討する。
(1)刑法240条の強盗致傷罪が成立するためには、相手方の反抗を抑圧する程度の暴行または脅迫を行って他人の財物を強取し、傷害を与えたといえなければならない。
(2)刑法236条1項の暴行脅迫を行ったといえるためには、相手方の反抗を抑圧する程度の暴行脅迫を行ったといえなければならない。本件事案において、甲は盗んだかばんを返すよう言いながらカバンの持ち手をつかんで引っ張り上げているが、この暴行というものは軽度のものであるため、犯行を抑圧する程度のものであるとは言えない。したがって刑法236条1項の暴行脅迫は行われていないといえる。
(3)しかし、刑法249条1項の恐喝行為に当たるといえ、カバンの奪取も刑法249条の交付に当たるため、刑法249条の恐喝罪は成立する。
(4)また、刑法204条の傷害罪が成立するためには不法な物理力の行使を行い、傷害を与えた場合成立するとされ、甲がかばんを引っ張る行為は不法な物理力に当たるといえ、更にこの結果としてすり傷という傷害をCが負っていることから、刑法204条の傷害罪に当たるといえる。
(5)したがって、甲には恐喝罪と傷害罪が成立する。
5.誤想防衛の成立
甲は、自分のカバンを取り返すためであると誤信し取り返すためにCのカバンを奪っているが、このような甲の行為に誤想防衛が成立し刑法38条1項により恋が阻却されるか検討する。
(1)誤想防衛が成立するためには急迫不正の侵害がないにもかかわらず、急迫不正の侵害があると誤信し、防衛の意思のもと、やむを得ずに防衛行為を行ったといえなければならない。
(2)本件事案において、甲はCのカバンを奪っているものの、このかばんは甲のカバンであると思っており、さらに、甲がかばんから目を離したのも1分程度であったことから、窃盗は完成しているものの取り返すことが可能な状態にあるということができる。そのため、甲の財物である甲のカバンに対する急迫不正の侵害が存在していると誤信しているといえる。
(3)甲は自分のカバンを取り返すために行っていることから、防衛意思があるといえる。
(4)また、甲の行為はカバンをつかんで引っ張り上げるというものであり、Cが35歳の人物であることを考えれば体力的にも劣る甲の行為は相当程度のものとしてやむを得ないものといえる。
(5)したがって、甲のカバンを引っ張り上げる行為は誤想防衛に当たるといえ、刑法38条1項により故意が阻却される。
6.したがって、甲には乙との共同正犯による住居侵入罪と窃盗罪が成立し、この二つの罪は罪質の通例上手段と結果の関係にあるため、牽連犯となる。
第二乙の罪責
1.窃盗罪の共同正犯の成否
乙は甲と共謀し、新薬開発部の書類を窃取しているため、乙は甲との共同正犯による窃盗罪に当たる行為を行ったということができる。
2.刑法38条2項
これに対し、乙は甲の行為は窃盗ではなく横領であると認識していたことから、窃盗の共同正犯が成立するとしても、刑法38条2項により、横領罪の共同正犯の刑が科されることを主張することが考えられる。
(1)刑法65条1項によれば、構成的身分犯の場合、その身分になくともその罪責を負うとされている。横領罪の占有する地位にあることは構成的身分であることから、その身分になくともその罪が科される。また、刑法65条2項によれば、責任的身分の場合、身分のないものにはその罪は課されないとされている。業務上横領罪の業務上というものは責任的身分であると解されている。
乙の主張する甲が業務上取引行為を行う地位にあり、新薬の書類について占有していたとの主張は、占有権限の点については構成的身分にあり、業務上の地位について責任的身分にあることから、乙には刑法65条1項により、横領罪の共同正犯が成立したとの主張である。
そのため、乙の主観としては甲との横領罪の共同正犯が成立すると考えていたということが認められる。
(2)刑法38条2項によれば、軽い罪の故意で重い罪を犯した場合で、軽い罪と重い罪に構成要件的符合が認められる場合軽い罪の範囲で処罰されることとなる。
窃盗罪と横領罪はともに領得罪であり、保護法益も財産権であることから、構成要件的付合が認められる。また、横領罪は窃盗罪よりも軽いため、乙は軽い罪の故意で重い罪を犯したということができる。
(3)したがって乙は刑法38条2項により横領罪の共同正犯の範囲で処罰される。
3.建造物侵入罪の共同正犯の成否
乙は甲とともにA社のビルに立ち入ったといえるため、建造物侵入罪が成立する。
4.したがって乙には建造物侵入罪と窃盗罪が成立するものの窃盗罪と建造物侵入罪は刑法54条1項の牽連犯に当たるといえる。さらに、刑法38条2項により、乙は、横領罪の共同正犯の範囲で処罰される。
第三丙の罪責
1.窃盗罪の成否
丙は交番に自首するために甲のカバンを奪っているがこのような丙の行為に窃盗罪が成立するか検討する。
(1)刑法235条の窃盗罪が成立するためには、他人の財物を摂取したといえなければならない。
(2)窃盗罪の保護法益は占有権であることから、甲の占有が認められなければならない。本件事案において甲は、切符を買うために1分ほどカバンから目を離していたにすぎず、取り戻すことができる状態にあったため、甲のカバンについて甲の占有が認められる。
(3)窃取したといえるためには、相手方の意思に反する占有の移転を行ったといえなければならない。
本件事案において、丙は甲のカバンを奪っていることから、甲の意思に反する占有の移転を行ったということができる。
(4)窃盗罪が成立するためには、権利者排除意思と利用意思がの不法領得の意思が認められなければならない。
本件事案において、丙は甲のカバンを奪っていることから権利者排除意思はあるといえる。確かに、自首目的ということは甲のカバンを利用する目的はないといえそうであるものの、奪ったカバンとして自首のために利用していることから、利用処分意思はあるといえる。
(5)したがって窃盗罪が成立する。
2.自首の成否
刑法42条1項によれば、自首が成立するためには罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したといえなければならない。
本件事案において丙は盗んですぐに交番に向かっていることから、捜査機関に発覚する前であるといえる。また、カバンを盗んできたと申告していることから自首をしているといえる。
したがって、丙には刑法42条1項の自首が成立する。
3.よって丙には窃盗罪が成立するものの自首によって減軽される。
以上