刑法事例演習教材 事例20

刑法事例演習教材事例20の文書偽造などに関する問題を解いていきます。

 

刑法事例演習教材 第2版

刑法事例演習教材 第2版

 

 

 1.甲及び乙は、理事会を開催し、理事長を選任した事実はないにもかかわらず、理事会を開催し、理事長を甲野にした旨の議事録を作成しているが、このような甲及び乙の行為が刑法159条1項の有印私文書偽造罪の共同正犯に該当するか検討する。

(1)刑法60条によれば、共同正犯であるといえるためには、共同して犯罪を行ったといえなければならない。本件事案において甲と乙はともにこの虚偽の議事録の作成にかかわっているため、共同して実行したということができる。

 したがって、甲と乙は刑法60条の共同正犯の罪責を負う。

(2)刑法159条によれば、有印私文書偽造罪が成立するためには、①行使の目的があること、②他人の印章若しくは署名を利用したこと、③権利、義務若しくは事実証明に関する文書であること、④偽造したことが認められなければならない。

 本件事案において甲と乙が議事録を作成したのは、理事長を甲としたことを証明するためであるため、行使の目的があるといえる。

 また、甲と乙は、議事録を作成する際、甲野の印章を用いているため、他人の印章を利用したといえる。

 理事会の議事録は、理事会の存在を証明するために作成されるものであるから、事実証明に関する文書であるといえる。

 偽造とは文書の作成者と文書の作成名義人の人格の同一性を偽ることを指す。本件事案において文書の作成者である甲は理事会を開催し適法に理事長として選任されていない者であるにもかかわらず、理事長として適法に選任された文書の作成名義人である甲として理事会の議事録を作成してている。この方法により、甲は文書の作成者と文書の作成名義人の人格の同一性を偽っているため、偽造を行ったということができる。

(3)したがって甲と乙には有印私文書偽造罪の共同正犯が成立する。

2.甲と乙は、I社の契約書の氏名欄に甲野一郎と甲の虚偽の養子縁組後の氏名を記載することによって契約書を作成しているが、この甲及び乙の行為が刑法159条1項の有印私文書偽造罪の共同正犯に当たるか検討する。

(1)刑法60条によれば、共同正犯が成立するためには、共同して犯罪を行ったといえなければならない。

 本件事案において、乙は甲と虚偽の養子縁組を行うことによって甲に乙山一郎の名前を与え、これによってI社と虚偽の契約を結ぶことを計画し、実行していることから、甲と乙はともに犯罪を実行したということができる。

 したがって甲と乙は刑法60条により共同正犯の罪責を負う。

(2)刑法159条1項によれば、有印私文書偽造罪が成立するためには、①行使の目的があること、②他人の印章若しくは署名を利用したこと,③権利、義務又は事実関係を証明するための文書であること、④偽造したことが認められなければならない。

 本件事案において、甲と乙はI社から融資を得る目的で契約書を作成していることから、行使の目的があるといえる。

 また、乙山一郎の名前を用いていることから、他人の署名を利用したということができる。

 この契約書というものはこれによって融資を受ける権利を与えるものであることから、契約書は権利若しくは義務にかかわる文書であるということができる。

 偽造したといえるためには、文書の作成者と文書の作成名義人の人格の同一性を偽ることを指す。

 本件事案において甲と乙は一応養子縁組を成立させ届け出ているものの、養子縁組が有効に成立したといえるためには、養子縁組によって法的利益を受ける意思がなければならないが、本件事案においては甲に乙山の名前を与えるためだけのものであるため、縁組意思があったとはいえない。そのため、甲が乙山一郎と名乗ることはできず、甲が契約書に文書の作成名義人として記載した乙山一郎の名前は、実在しない人物の名前ということができる。

 にもかかわらず、契約書の作成者である甲は、文書の作成名義人を実在しない乙山一郎とすることによって人格の同一性を偽ったということができる。

 よって、刑法159条1項の有印私文書偽造罪が成立する。

(3)したがって、甲と乙は刑法159条1項の有印私文書偽造罪の共同正犯としての責任を負う。

3.甲及び乙は偽造した契約書を用いてキャッシングカードの申し込みを行っていることから、偽造した文書をI社従業員の認識可能な状態に置くことにより偽造した文書を行使したということができる。

  したがって、甲と乙に刑法161条の偽造私文書行使罪の共同正犯が成立する。

4.甲及び乙は、虚偽の契約書を用いてキャッシングカードの申し込みを行い、キャッシングカードの交付を受けているが、この行為が刑法246条1項の詐欺罪の共同正犯に当たるか検討する。

(1)刑法246条1項によれば、人を欺いて財物を交付させた場合に詐欺罪が成立するとされる。

 欺罔行為とは、財産の交付にかかわる重要な事実について相手方を錯誤に陥れることを指す。本件事案においてI社は、乙山一郎とは融資不適格者である甲野一郎のことを指すにもかかわらず、甲から交付された契約書の署名欄によって融資不適格者でない乙山一郎のことを指すと誤解している。そのため、欺罔行為があったといえる。

 この欺罔行為によってI社は甲にキャッシングカードという財物を交付している。

 欺罔行為によってI社がキャッシングカードを交付したという関係にあることから、甲の欺罔行為は財物の交付に向けられたものであったといえる。

 また、詐欺罪が成立するためには不法領得の意思が必要であるが、本件事案において甲はキャッシングカードを得て借金をするために行っていることから不法領得の意思があったといえる。

(2)また、このキャッシングカードの交付は甲と乙が共同して行っているといえるため、甲と乙は刑法60条の共同正犯の関係にある。

(3)したがって、甲と乙には詐欺罪の共同正犯が成立する。

5.したがって、甲及び乙には、二つの有印私文書偽造罪、偽造私文書使用罪、詐欺罪の共同正犯が成立し、このうち、乙山一郎名義の私文書偽造を行った罪と、偽造私文書使用罪は刑法54条1項後段の牽連犯の関係にあり、偽造私文書使用罪と詐欺罪は刑法54条1項後段の牽連犯の関係にあることから、これらの罪はかすがい現象により科刑上一罪となる。

 この科刑上一罪の罪と有印私文書偽造罪は刑法45条により併合罪となる。

以上