平成23年司法試験刑法
平成23年司法試験刑法
第一乙丙の罪責
1.傷害罪の成否
乙と丙はともに甲に対して暴行を加え、頭部打撲及び腰背部打撲のけがを負わせているが、この乙と丙の行為が傷害罪の共同正犯に該当するか検討する。
(1)刑法60条の共同正犯に当たるということができるためには、共同して犯罪を実行したということが認めらえれなければならない。これが認められるためには、正犯意思を共通し、製版行為を行ったといえなければならない。
本件事案において、丙が甲に対する暴行を開始したのは、乙がやられている様子を発見したからである。確かに正犯意思をこの時点で共通しているということは認められないものの、のちに乙は丙が助けてくれといったのに対して助けを出していることからすると、共同して甲に対して攻撃を行う意思があったということができる。そのため、正犯意思は共通であったということができる。また、乙と丙は甲に対する攻撃を共に行っていることから、正犯行為も行っていたことが認められる。
したがって、乙と丙には共同正犯が成立する。
(2)刑法204条の暴行罪が成立するためには、人に対する不法な物理力の行使を行い、人の健康状態を不良に変更させた場合には傷害罪が成立するとされている。
本件事案において、乙と丙は甲の腰背部を蹴ったり、頭部を殴ったりしていることから、人に対する不法な物理力の行使があったことが認められる。
また、これによって甲は、頭部打撲及び腰背部打撲を負っているが、これらは人の健康状態を不良に変更させた結果であるため、傷害が発生したということができる。
(3)したがって、乙と丙には傷害罪の共同正犯が成立する。
2.正当防衛の成否
乙と丙がこのような暴行を行ったのは甲からの攻撃を排除するためであるため、刑法36条1項の正当防衛が成立しないか検討する。
(1)共同正犯の場合、共同正犯者それぞれについて正当防衛の成立が認められなければならない。なぜなら、違法性については共有しないからである。
刑法36条1項によれば、正当防衛が認められるためには、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにしたということが認められなければならない。
急迫不正の侵害であるということができるためには、侵害が間近に差し迫り又は侵害が現在しているということが言えなければならない。本件事案において、丙が攻撃に出たとき、乙は一方的にやられている様子であったため、侵害が現在していたということができ、また、乙が攻撃に出たとき丙が締め上げられていたため、侵害が現在していたということができる。
また、防衛の意思が必要であるが、乙も丙も互いを守るために攻撃に出ていることから、防衛の意思はあったということができる。
やむを得ずにした行為であるといえるためには、正当防衛行為が必要最小限度の行為であったといえればよい。本件事案において、乙と丙の攻撃は甲の髪をつかむ行為や締め上げという移動をさせないようにするものに対して、暴行に及んでいるため、必要最小限の行為であったということができる。
(2)したがって、乙と丙にはそれぞれ正当防衛が成立する。
3.傷害罪の成否
乙は甲が闘争を開始した後、ナイフを用いて甲を切りつけ切傷を与えているが、この行為が乙と丙の共同正犯による傷害罪に該当するか検討する。
(1)刑法60条により共同正犯が成立するためには、共同して犯罪を実行したということが認められなければならない。ただし、正当防衛行為が行われ、侵害行為がやんだ場合、新たに共同正犯であることが認められなければ、共同正犯は認められないとされている。
本件事案において、甲が逃走していることから、この逃走開始の時点で侵害行為はやんでいる。そのため、新たに共同正犯と認められることが必要であるが、丙は乙に対してやめるよう呼びかけるだけで新たに甲に対する攻撃を行う意思を共有していないうえに、丙は乙と共に攻撃に出ていないことから、正犯行為を行ったということもできない。
したがって、乙と丙について共同正犯は成立しない。
(2)刑法204条によれば、傷害罪が成立するためには、不法な物理力の行使を行い、人の健康状態を不良に変更させたということが認められなければならないが、本件事案において、乙はナイフで切りつけるという不法な物理力の行使を行い、甲に切傷を与えるという健康状態の不良変更の結果を生じさせているため、傷害罪が成立する。
(3)したがって、乙には傷害罪の単独正犯が成立する。
4.よって、乙と丙には傷害罪の共同正犯と乙には傷害罪が成立するが、乙と丙の障害の共同正犯については、刑法36条1項により、違法性が阻却される。
第二甲の罪責
1.傷害罪の成否
甲は乙と丙に対して暴行を加え、乙の頭部にけがを与え、更に丙に腹部打撲のけがを与えているため、検討する。
傷害罪が成立するためには、刑法204条によれば、人の身体を傷害したということが認められなければならないが、甲は乙と丙に対してそれぞれ暴行を行うことにより、傷害を行っていることから、傷害罪が成立する。
2.正当防衛の成否
甲は乙に対して先に暴行を行ったものの、丙や乙の暴行に対する防衛行為として、傷害を行っているため、刑法36条1項の正当防衛が成立しないか検討する。
(1)刑法36条1項によれば、正当防衛が成立するためには、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為であるといえなければならない。
自招侵害であった場合、正当防衛は成立しないとされており、自招侵害であるということが言えるためには、防衛行為に先んじて攻撃を行ったことと、時間的場所的近接性が認められることと、相手方の攻撃が自己の行為の程度を超えていないことが認められなければならない。
本件事案において、甲は先に乙に対する傷害行為を行い、その場で乙や丙の暴行を受けたことに対して、防衛行為を行っていることから、時間的場所的近接性が認められる。さらに、乙の行為も甲の締め上げなどの行為に対して程度を超えない素手での傷害行為であったことを考えると、甲の行為は自招侵害であるということができる。
(2)したがって、急迫不正の侵害が存在しているということが認められず、正当防衛は成立しない。
3.殺人未遂罪の成否
甲は、甲の自動車に飛び乗った乙を振り落としているが、この甲の行為について刑法43条本文により、刑法199条、203条の殺人未遂罪が成立するか検討する。
(1)殺人未遂罪が成立するためには、殺人行為の実行に着手したにもかかわらず、人の死亡結果が発生しなかったことが認められなければならない。
刑法199条の殺人行為であるということが認められるためには、人の死亡する客観的危険のある行為を行ったということが認められなければならない。本件事案において、甲は窓ガラスの上端部分を左手で掴んで運転席側ドアの下にあるステップに両足をかけていた乙がいたにもかかわらず、時速50キロメートルの高速度で走行し、急ハンドルを切り遠心力をかけて乙を振り落としている。これによって、乙は頭部を路面に強打し意識が回復困難な状態に陥っている。この甲の振り落としというものは、安定性に欠ける状態にいた乙を車高の高い自動車から振り落とすというもので、地面に頭部をぶつけたら人を死亡させる危険性の高い行為であるということができる。そのため、このような甲の振り落とし行為というものは刑法199条の殺人の実行行為に当たるということができる。
しかし、乙は死亡していないことから、殺人の実行に着手したにもかかわらず、結果を発生させなかったということができる。
(2)したがって、甲には殺人未遂罪が成立する。
4.正当防衛の成否
甲がこのような行為に出たのは乙からナイフで切りかかられたためであるため、刑法36条1項の正当防衛が成立しないか検討する。
(1)刑法36条1項の正当防衛が成立するためには、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するためにやむを得ずにした行為であると認められなければならない。
急迫不正の侵害であるということができるためには、侵害が間近に差し迫り又は侵害が現在しているということが認められなければならないところ、本件事案において乙は甲が自動車に乗り込んだにもかかわらず、窓から手を入れナイフを振り回しているため、侵害が現在しているということができる。
また、甲は自己のみを守るためにこの振り落とし行為に出ていることから防衛の意思はあったということができる。
しかし、甲の振り落とし行為というものは、人を死亡させる危険が高いものであるため、相当性を欠くということができるため、やむを得ずにしたということはできない。
(2)したがって、正当防衛は成立せず、刑法36条2項の過剰防衛が成立するにすぎない。
5.したがって、甲には乙と丙に対する傷害罪と乙に対する殺人未遂罪が成立し、殺人未遂罪の点については刑法36条2項により過剰防衛が成立する。これらは刑法45条により併合罪となる。
以上