事例演習教材刑法 事例35
今回は、実行の着手と中止犯に関する問題です。
自分としては、今回の答案の出来はひどいので、お蔵入りにしようかとも考えたのですが、公開することにしました。
1.殺人罪の成否
(1) 刑法199条の殺人罪が成立するためには、人に対し、殺人行為を行ったといえなければならない。
本件事案において、甲は、自動車を衝突させ(以下「第一行為」という)、包丁で刺し殺す(以下「第二行為」という)という計画の下、Bに自動車を衝突させるのみで、加療約50日を要する頭部座礁等の傷害を与えるにとどまっている。そのため、甲が人を殺したとはいえない。
(2) 甲が殺人罪に該当する行為を行っていなくとも、刑法43条本文により、刑法203条の殺人未遂罪の成否が問題となる。
殺人未遂罪が成立するためには、殺人罪の実行に着手し、その目的を遂げなかったといえればよい。
実行に着手したといえるためには、既遂犯の成立の危険を有する密接不可分の行為を行ったといえなければならないところ、本件事案において甲は、身のこなしの早いAを包丁で刺し殺すための密接不可分な関係にある第一行為を行っているため、殺人罪の楠井藩の実行に着手したといえる。
(3) にもかかわらず、甲は殺人の目的を達していないため、甲には、刑法203条の殺人未遂罪が成立する。
2.錯誤
刑法38条1項により、責任が阻却されるためには、構成要件事実の認識がないといえなければならない。
本件事案において、甲は、Bという人をAと間違えて殺人の実行に着手している。Bも、Aも人という客体としては同じであるため、構成要件事実についての認識が欠けるとはいえない。
そのため、刑法38条1項によって責任阻却がされるとはいえない。
3.心神耗弱
刑法39条2項によれば、心神耗弱者の行為であったといえる場合には、責任非難の減少がされるとされている。
本件事案において、甲は、心神耗弱者であるため、刑法39条2項により責任非難が減少される。
4.中止犯
刑法43条但書によれば、①自己の意思によって、②犯罪の中止行為を行った場合には、中止犯として刑の減軽が行われる。
(1) 自己の意思によるものであるといえるためには、中止行為に向けられた意思が存在すればよい。
本件事案において甲は、Bを殺しても意味がないと考えていること、また、その後Bに対して謝罪を行っていることから、第二行為に及ばないという意思が存在していたということができる。
(2) また、中止行為といえるためには、既遂犯の成立を妨げる行為を行ったといえればよい。
本件事案において甲は、第二行為をやめているため、既遂犯の成立を妨げる行為を行ったということができる。このとき確かに甲はBを病院に連れて行っていないものの、第一行為は被害者が重い傷害を負うことのないよう注意されたものであり、自動車の速度も時速20キロメートルと高速度でなかったことから、第一行為のみでは既遂犯の成立を発生させるものでなかったということができる。
(3) よって甲は中止行為を行ったということができる。
5.罪責
したがって、甲には、刑法203条の殺人未遂罪が成立するものの、刑法39条2項、刑法43条但書により刑が減軽される。