刑法事例演習教材 事例12
今回の問題は、正当防衛と誤想防衛類似の状況とされる例を、組み合わせた事案です。
僕の答案は、独特の書き方になっているとの評価を受けているのですが、なんとか違和感なく読めるような答案にはしていきたいです。
この辺りが独特、変ということでしたら、コメント等で教えてください
1.スナックでの暴行
(1) 刑法208条の暴行罪が成立するためには、人の身体に向けられた不法な物理力の行使が行われたといえなければならない。
本件事案において、甲は、椅子2脚を隔てて座るAの方向に隣の椅子をけっているが、このように、甲とAの間が椅子数脚しか空いておらず、椅子といす同士が接触し将棋倒しのような状態で倒れることのできる状態であった。このような状態では、Aに椅子が接触し、Aの身体に向けられた不法な物理力の影響を受けうるといえる。よって、身体に向けられた不法な物理力の行使はあるといえる。
(2) したがって、甲はAの身体に向けた不法な物理力を行使したということができ、甲に刑法208条の暴行罪が成立する。
2.スナック出入り口での暴行
(1) 刑法205条の傷害致死罪が成立するためには、人に対する障害結果が発生し、これによって人が死亡したといえなければならない。
刑法204条にいう傷害とは人の生理機能に障害をもたらすことを指すが、本件事案において甲は、Aを左の掌で突き、煉瓦製の床面に転倒させ、頭を強打させることによってAに打撲傷を与えている。この打撲傷は、人の生理機能に対する障害であるため、甲はAに対して、傷害を与えたといえる。
(2) 因果関係が認められるためには、実行行為の危険性から犯罪の結果が発生したといえなければならないとされる。
本件事案において、甲がAを左の掌で突き、転倒させる行為は、Aの頭を床面のレンガに強く打ち付け、打撲及び、脳機能に何らかの障害を与える危険性を有する行為であるため、実行行為の危険性はあるといえる。
また、Aの死亡結果も、甲が平成25年7月13日午後9時頃に障害を加えた後の同月31日に発生しているとはいえ、Aの死亡の原因はAが後頭部を打撲したことによる対側損傷であり、子の後頭部の打撲は甲が発生させたものであるため、甲の行為によって発生したものといえる。
(3) したがって、甲は刑法205条の傷害致死罪にあたる行為を行ったといえる。
3.正当防衛
本件事案において、甲がAを左の掌で突いたのは、Aによる殴打行為に対するものであったため、刑法36条1項の正当防衛に当たるか検討する。
(1) 刑法36条1項の正当防衛が成立するためには、①不正な侵害が急迫していること、②防衛するための行為であること、③相当程度のものであることがいえなければならない。
(2) 本件事案において、Aは左手拳を甲に向けて突き出し、再度項に対して殴打行為に及ぼうとしているものであるため、甲の身体に対する不正な侵害が急迫しているということができる。そのため、①の要件を満たす。
(3) また、防衛するためとは、防衛意思の下に防衛行為を行ったといえなければならないところ、激憤の情に出たものであっても、防衛意思があるならば、防衛意思は否定されないものとされている。本件事案において、甲は、Aから反撃を受けたことに対して強いい不快感を覚え、激憤の情に出ているものの、「殴られてたまるか」との防衛の意思の下、Aの殴打行為から防衛するために左掌で突くという身体に対する侵害を防衛するための防衛行為に出ているため、防衛するためのものであったといえる。よって、②の要件を満たす。
相当性の判断については、法益侵害を防止するための必要最小限の行為であったといえなければならず、発生した結果によって判断するものではない。そのため、防衛行為により発生した結果が重大なものであっても、相当性は左右されない。本件事案において、甲は身長170センチメートル程度体重78キログラムのがっしりした体型の者であり、Aは身長177センチメートル体重50キログラム程度のやせ型の者であり、甲はそのような者を左掌で強く突いており、その結果Aを死亡させている。しかし、左掌で突く行為は手拳による殴打、凶器による攻撃に比して身体への障害結果発生の危険の小さな行為であり、Aがやせ型の者であったとしても、相当程度の防衛行為であったということができる。そのため、甲の行為には相当性があったといえ、③の要件を満たす。
(4) したがって、甲の左掌で強く推した行為は、刑法36条1項にあたる行為であったということができ、甲の刑法205条の構成要件に当たる行為は違法性が阻却される。
4.Bへの傷害
(1)刑法204条の傷害罪が成立するためには、身体に向けられた不法な物理力の行使があり、これによって障害結果が生じたといえればよい。
本件事案において、甲はAを左掌で押し、Bの方向に転倒させているが、このような公の行為はBの身体に向けられた不法な物理力の行使であるということができる。また、これによって、Bは煉瓦製の壁面に額を強く打ち付け、打撲傷を負っているため、Bに障害結果が生じたということができる。
(2) したがって、甲は刑法204条に該当する行為を行ったということができる。
5.故意阻却
(1) 刑法38条1項本文にいう故意があったといえるためには、構成要件事実についての認識がなければならない。本件事案において、甲はAという人に対して傷害を加える意思でBという人に傷害を与えているため、甲の行為は人に対する傷害行為であるという事実の認識を欠いていない。
(2) そのため、甲が左掌でAを突いたときBを認識していなかったとしても、甲の行為に故意が欠けるものといえない。
6.誤想防衛
(1) 誤想防衛とは、刑法36条1項の正当防衛状況にないにもかかわらず、そのような状況にあると誤信して防衛行為に出たため、違法な構成要件事実の認識を欠き、刑法38条1項により故意が欠けるというものである。
本件事案において、Bは甲に対して法益侵害行為を行っていないため、甲にはBによる急迫不正の侵害があったとはいえない。しかし、甲がAを左掌で突いたとき、甲はAによる急迫不正の侵害の事実を認識し、防衛のために、相当程度の防衛行為に出ているため、刑法36条1項の正当防衛状況を認識していたということができる。
(2) そのため、甲の行為は、違法な構成要件についての事実の認識を欠く行為であったということができ、刑法38条1項により故意が阻却される。
7.したがって、甲に成立する犯罪は刑法208条の暴行罪1罪のみであるということができる。