刑法事例演習教材 事例38
今回の問題は窃盗罪と親族相盗例、窃盗罪の保護法益に関する問題です。
親族相盗例は最近の判例により適用範囲が狭まった感じがありますが、まさにそれに関する問題ということも言えそうです。
何かおかしな点があれば、コメントにお願いします。
第一.甲の罪責
1.甲はAの店の前に停めてあった自転車を借りるつもりで乗って帰っているが、このような甲について刑法235条の窃盗罪が成立するか問題となる。
(1)刑法235条の窃盗罪が成立するためには、①他人の占有する財物に対して、②窃取行為を行ったといえなければならないとされる。
(2)他人の占有する財物であるか否かはその財物の占有者の占有状況と占有意思から、社会通念に照らして判断するとされている。
本件事案において、Aの店の自転車はAの店の前の行動場に置かれているものの、Aの店において自転車等を常にAの店の前の公道上に仮置きするという実態があり、場所もAの店の前と近く、占有の外形が一応認められる。また、Aの店の前の自転車は、公道上にあっても、Aの占有意思の下にある物であり、Aは店の名前を付して管理していることから、管理する意思も有しているということができる。
そのため、本件事案における自転車はAの占有す財物であるということができる。
(3)また、窃取したといえるためには、不法領得の意思の下、財物を自己の占有下に移転させたということがいえなければならない。この不法領得の意思というものは、利用者排除意思と、利用意思の有無によって判断される。
甲はAの自転車を借りるつもりであるものの、甲が午前0時30分頃から乗り、同日の午後になっても未だ返却していないこと、また、このように午後までAのもとに自転車がないと、Aの店の営業時間中という自転車を利用する時間帯の利用も行えなくなることから、利用者排除意思も認められる。また、甲は乗るという自転車の利用目的も有しているということができる。したがって甲には不法領得の意思があるということができる。
また、甲は12月21日の午前0時30分に自転車に乗り発車させたというものであるため、この時点で自転車を自己の占有下に移転させたということができる。
(4)したがって甲は刑法235条の窃盗罪に該当する行為を行ったということができる。
2.親族相盗例の成否
刑法244条2項によれば、244条1項に規定されない親族との間で犯罪を犯した場合、告訴がなければ公訴を提起できないとされる。この親族の範囲は民法725条によって決せられる。
本件事案において、甲とAは7親等の親族であることから、刑法244条にいう親族には該当しない。
したがって甲に刑法244条の親族相盗例の適用はない。
3.錯誤
刑法38条1項によれば、罪を犯す意思のない場合には故意が阻却されると規定されている。しかし、この罪を犯す意思とは、犯罪の成立要件についての認識を指し、刑法244条2項のように親告罪の要否について錯誤があったからと言って犯罪の成立要件についての認識が欠けることにはならない。
本件事案において、甲は刑法244条2項の事実について認識しているものの、このことを理由として、罪を犯す意思が欠けるということにはならない。
4.よって甲には窃盗罪が成立する。
第二.乙の罪責
1.器物損壊罪の成否
刑法261条によれば、他人の物を損壊した場合に器物損壊罪が成立するとされている。
本件事案において、乙は甲のチェーンを壊していることから、乙は甲の者を損壊したということができる。
したがって乙には刑法261条の器物損壊罪が成立する。
2.窃盗罪の成否
乙は、甲が窃取した自転車を取り戻すために自転車を甲のもとから持ち出しているが、このように乙の行為に窃盗罪が成立するか問題となる。
(1)刑法235条により窃盗罪が成立するためには、①他人の物に対して、②窃取行為を行ったということがいえなければならない。
(2)刑法235条は、財物の占有を保護法益とすることから、盗品を占有する者の占有があっても、刑法235条にいう他人の物として認められる。
本件事案において、甲はAの店の自転車を自宅の庭にチェーンをかけて置いていることからAの店の自転車を占有しているということができる。
(3)窃取したといえるためには、相手方の意思に反する財物の移転を行ったといえなければならないが、本件事案において、乙はAの自転車に乗ってAの店まで戻したことから、乙が自転車に乗った時点で、Aの自転車を自己の占有下に置いたということができる。
(4)したがって乙には窃盗罪が成立する。
3.したがって乙には器物損壊罪と窃盗罪が成立し、刑法45条により併合罪となる。