平成21年司法試験刑法

平成21年司法試験刑法を解いていきます。

 

 

 第一.乙の罪責

1.乙は、甲から200万円を引き出すよう頼まれていたにもかかわらず、自己の借金の返済に充てるためAの口座から200万円を引き出し、そのうちの120万円を自己の借金の返済に充てているがこのような乙の行為が刑法252条1項の横領罪に該当しないか検討する。

 刑法252条1項の横領罪が成立するためには、自己の占有する他人の物を横領したということが言えなければならない。

 本件事案において、乙は甲より現金200万円の引き出しを業務命令として受けているのであるから、乙はA社の現金200万円について事実上の占有権限を有している。

  刑法252条1項にいう横領とは不法領得の意思の実現行為であることから、正当な権限を有する者にしかできない使用収益をする行為を指す。本件事案において、乙は業務命令として占有していた200万円のうち120万円について自己の借金の返済に充てていることから、乙は正当な権限を有するAにしかできない弁済行為を行ったということができる。したがって、横領行為を行ったということができる。

 よって、乙には刑法252条1項の横領罪が成立する。

 なお、業務上横領罪が成立するためには社会生活上の地位に基づき反復継続した取引関係を基礎としていなければならないものの、乙はA社の事務員であり、経理事務やA社の資金管理を行っていなかったことから、乙の社会生活上の地位に基づくものでないということができるため、乙の横領行為は業務上行われたということはできない。

 そのため、刑法253条の業務上横領罪は成立しない。

2.また、乙は、甲とともに、強盗被害にあったことを装うことによって、警察官を呼び出しているが、このような乙の行為が刑法60条の共同正犯による刑法233条1項の偽計業務妨害罪に該当するか検討する。

(1)刑法60条の共同正犯が成立するためには、共同して犯罪を実行したということが言えなければならないが、共同したといえるためには正犯意思を共通したことが必要であり、共同して実行したということが言えるためには、正犯意思に基づく実行行為がなければならないと解されている。

 本件事案において、乙は、甲に指示されるまま、被害者役としてトランクに監禁されているがこの際、甲の強盗に見せかけるという意図を知っているため、正犯意思を共同したということができる。この意思に基づき被害者役としてトランクに入り、警察官を呼ばせたことから、正犯意思に基づく実行行為が認められる。

 したがって、乙には甲との共同正犯が成立する。

(2)刑法233条1項の偽計業務妨害罪が成立するためには、偽計を用いて業務を妨害したということが言えなければならない。

 刑法233条1項の偽計とは、欺罔行為を指すが、本件事案において、乙は、甲とともに強盗被害を装い強盗事件がなかったにもかかわらず、あったかのような外形を作り出していることから、警察官を錯誤に陥れる行為すなわち欺罔行為を行ったということができる。

 また、業務には公務員の権力的行為を除くと解されているものの、通報を受け、現場に駆け付けるという行為は公権力的作用を伴うものではないことから、警察官の業務に含まれているということができる。

 さらに、刑法233条1項の偽計業務妨害罪は抽象的危険犯であることから、実際に業務が害されたことは不要であるものの、業務を害する恐れがあれば足りるとされる。本件事案において、警察官が乙が強盗被害にあったとする現場に向かっていることから、この警察官の他の業務を行えなくしているということができる。したがって、業務が害される恐れがあったということができ、妨害があったということができる。

(3)よって、乙には甲との共同正犯による偽計業務妨害罪が成立する。

3.したがって、乙には横領罪と、甲との共同正犯による偽計業務妨害罪が成立し、刑法45条により併合罪となる。

第二.甲の罪責

1.甲はA社の経理担当として、Aの財産を管理する者であるが、A社の現金を引き出し、自己の会社の資金として現金200万円を振り込ませようとしているが、このような甲の行為が刑法253条の業務上横領罪に該当しないか検討する。

(1)刑法253条の業務上横領罪が成立するためには、業務上自己の占有する他人の物を横領したということが認められなければならない。

(2)本件事案において、甲は乙を利用して横領していることから、甲が正犯であるといえるためには、間接正犯として認められなければならない。間接正犯として認められるためには、結果原因の支配が必要であることから、道具として利用したこと、すなわち、利用された者について責任能力がないと認められなければならない。

 しかし、本件事案において、乙は甲の意図に気づいており、この意図に基づいて刑法252条1項の横領罪の行為を実行していることから、乙について責任能力がないということはできない。

 そのため、甲には間接正犯による業務上横領罪は成立しない。

(3)そのため、刑法61条1項の教唆犯が成立しないか検討することになる。刑法61条1項の教唆犯が成立するためには、教唆したことすなわち、犯罪を実行する意思を有しない者に犯罪を決意させ、犯罪を実行させたということが認められなければならない。

 本件事案において、乙はもともと、横領罪を実行する気はなかった者であるが、甲からB社に現金を振り込むよう言われた際、横領を行うことを決意させていることから、犯罪を実行する意思を有しない者に犯罪を決意させたということができる。また、これに基づき乙は横領を行っていることから、決意させた意思に基づく犯罪の実行が認められる。

 したがって、甲には刑法61条1項の教唆犯が成立する。

(4)また、この教唆にしたがって、乙は横領罪を行ったことから、甲には横領罪の教唆犯が成立する。

2.また、甲は乙とともに強盗被害にあったことを装い、警察官の業務を妨害していることから、乙との刑法60条の共同正犯による刑法233条1項の偽計業務妨害罪の共同正犯が成立する。

3.また、甲は乙を車のトランクに監禁しているが、この行為が刑法220条の監禁罪に該当するか検討する。

 刑法220条の監禁罪が成立するためには、不法に人を監禁したことが認められなければならない。

 不法に人を監禁したということができるためには相手方の意思に反して一定空間に閉じ込め移動の自由を奪ったことが認められなければならない。

 しかし、乙はこの監禁は強盗被害を装うためのものであることを理解しており、移動の自由が奪われることについて承諾していることから、同意があるといえる。

 そのため、トランクという一定の空間に閉じ込められ、移動の自由が奪われているということが言えるとしても、乙の意思に反していないため、監禁罪の構成要件を満たさない。

 したがって監禁罪は成立しない。

4.よって、甲には横領罪の教唆犯と乙との偽計業務妨害罪が成立し、刑法45条により併合罪となる。