ロープラクティス商法 問題35

 

ロープラクティス商法の問題35を解いていきます。

この問題は取締役の報酬規制に関する問題です。

 

Law Practice 商法〔第4版〕

Law Practice 商法〔第4版〕

  • 作者:黒沼 悦郎
  • 発売日: 2020/03/19
  • メディア: 単行本
 

 

 設問(1)

1.本件事案において、Yは平成27年10月1日から、平成28年3月までの報酬請求を行おうとしているが、このようなYの請求が認められるか検討する。

 会社法361条1項1号によれば、取締役の報酬については株主総会によって具体的な額を定めなければならないとされる。

 本件事案において、X社は平成27年株主総会においてYの一年間の報酬を定めて決定していることから、取締役Yの一年間の報酬が定められているということができ、これによって、YはXに対して報酬を請求することができる。

 しかし、取締役の報酬の額が具体的に定められている場合で、株主総会の決定がある場合、報酬を支払うことを前提とした会社の運営が予定されているため、後の株主総会において、報酬の額を減額するためには株主総会決議に加えて、取締役の同意が必要である。

 本件事案において、Yの報酬は具体的に定められており、平成27年9月29日の臨時株主総会において、無報酬とする旨の決定がされている。しかし、Yはこの報酬の減額について同意していないことから、この決定によってYの報酬は減額されないといえる。

 そのため、Yは取締役を退任した平成28年3月末までの報酬を請求することができる。

2.よって、Yは平成27年10月1日から、平成28年3月末までの報酬を請求することができる。

設問(2)

1.XはYに対して謝って退職慰労金を支払ったことを理由として民法703条に基づき不当利得返還請求を行っているが、このようなXの請求が認められるか検討する。

 民法703条に基づき不当利得の返還請求を行うためには、相手方が利益を受けたこと、損害を被ったこと、法律上の原因のないこと、損害と利得との間に因果関係のあることが認められなければならない。

 本件事案において、Yは退職慰労金として5000万円を受ける一方、Xは誤って5000万円を支給することにより損失を発生させている。この退職慰労金の支給は平成18年の取締役会決議において決定された本件内規が会社法361条1項2号に基づいて定められていたが、平成28年1月のXの意向により不支給としたものであることから、Yへの本件送金には法律上の原因のないといえる。

 そのため、不当利得返還請求として5000万円の支払いを請求できそうである。

 しかし、退職慰労金についての定めがあり、これまでも退職慰労金を支給してきたという実態がある場合に誤って退職慰労金を支給したときは、信義則上退職慰労金の請求はできないと解されている。

 本件事案において、X社は本件内規に基づいて退職慰労金を支給してきたのであることからYには退職慰労金が支払われるという信頼が存在していたということができる。また、このような状況で誤ってとはいえ退職慰労金が支給されていることから、Yは適法に退職慰労金が支払われたと信頼しているということができる。

 そのため、Xは信義則上不当利得返還請求として退職慰労金の返還請求を行うことはできない。

2.したがって、YはXからの退職慰労金の返還請求に応じなくともよいといえる。

設問(3)

1.YはXに対して退職慰労金を支払わなかったことはYの期待権を侵害するものであるとして民法709条に基づいて損害賠償請求を行おうとしているが、このようなYの請求が認められるか検討する。

 期待権侵害を理由として不法行為に基づく損害賠償請求を行うためには、財産上の請求を期待する相当な理由があったにもかかわらず、その期待に反して財産上の利益をを得ることができなかったといえなければならない。

 本件事案において、X社は本件内規を定めて会社法361条1項2号に基づいて退職慰労金の支給を行っていたという事情がありYが退職慰労金の支給を受ける相当な信頼があったということができる。にもかかわらず、退職慰労金の不支給が決定され、Yに退職慰労金が支払われていないことからこの退職慰労金の支給がされるという信頼が裏切られたということができる。

 これによって、Yは精神的苦痛を被ったことから、この精神的損害分だけ不法行為に基づく損害賠償請求を行うことができる。

2.したがって、Yは5000万円全額でないものの民法709条に基づいて損害賠償請求をすることができる。