Vtuberに対する名誉毀損に関するメモ

今日のヤフーニュースにVtuberに対する名誉毀損についてのニュースが出ていたので、関連する裁判例について書いていきます。

news.yahoo.co.jp

 

 この記事の中で書かれている「片親だから常識が欠如している」に関する裁判例は昨年の12月31日に提訴された後輩にパワハラをしたという事実を広められたVtuberさんとは別のVtuberさんの事例です。

 

  • 記事内で引用されている事件について

 この事例は東京地裁令和3年4月26日判決LEX文献番号25589610の事件です。

 Vtuberが高級寿司屋で60万円の寿司を半分残したとYouTubeの動画内で述べたことに対して、5ちゃんねる内で「○○(Vtuber名)は片親だから常識が欠如している」との書き込みがされたことに関して、プロパイダに対してIPアドレスの開示をVtuberの「中の人」である原告が求めた事件です。

 

 この事件に関しての争点はふたつで、

 ①Vtuberに対してされた書き込みは原告自身に対してされたものといえるかということ、

 ②書き込みの内容が原告の名誉感情を侵害するかということです。

 

 この事件について裁判所は、Vtuberの活動は単なるCGキャラクターではなく、原告の人格を反映したものであること、配信に反映された原告自身の行動に向けられた内容であるため、原告に対しての発言であると認定した。

 単に寿司を残したことに関して批判的な投稿が続く中でそのエピソードを批判するのみでなく、「片親だから」などと、原告の生育環境と結びつける形で批判していることから、マナー違反等を批判する内容と異なり、社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するとして、原告の名誉感情を侵害すると認定した。

 以上のことから、裁判所はプロバイダに対してIPアドレスの開示を命じた。

という事件です。

 

 最初のニュースの記事には引用されていませんが、Vtuberに対する名誉毀損についてはLEXデータベース上にあと二つ裁判例があり、一つが一部認容一部棄却に関するもので、もう一つが請求棄却となった物でした。

 

  • 記事内では引用されていないけれども参考となる裁判例

 まず、請求棄却となったのは東京地裁令和3年9月8日LEX文献番号25601713事件です。

 この事件はVtuberである原告に対して「ただのうるさいババア」と書き込んだこと、「かまってちゃん」「メンヘラ」と書き込んだことそれぞれについて、プロバイダに対して発信者情報の開示を請求した事件です。

 この事件の争点は①投稿内容が原告に向けられたものであるか(同定可能性があるか)ということと、②投稿内容について名誉感情侵害があるかということです。

 この事件に対して裁判所は、これらの書き込みについて、「穏当さを欠く表現であって原告が不快な感情を抱くことは否定できないものの,これが社会通念上許容される限度を超える侮辱行為であって原告の人格的利益を侵害することが明らかであるとまでいうことはできない」として社会通念上許容される限度を超えた侮辱行為であると認定せず、争点の①に対して判断をするまでもないと判断しました。

 以上のように判断して、原告の請求を棄却しています。

 

 請求一部認容一部棄却となったのは東京地裁令和3年6月8日判決LEX文献番号2560116事件です。

 この事件は、①Vtuberである原告の顔写真を5ちゃんねるに投稿したことと、②5ちゃんねる内で「慢心」「成金」「品がない」などと侮辱する内容を投稿したことに関してプロバイダに対して発信者情報の開示を請求した事件です。

 この事件で争点となったのは、①の点について、原告に対するプライバシー権侵害が成立するかということです。②の点について、(1)Vtuberとの同定可能性がないこと、(2)名誉感情侵害が成立するかということでした。

 この事件に関して裁判所は

 ①の点について、Vtuberを演じる原告に対するプライバシー権侵害を認め、

 ②の点について、「芸術・芸能活動に対する批評は最大限保障されるべきであることは言うまでもなく、かつ、不特定又は多数である社会一般に作品を提供する者は、その帰結として肯定的・否定的な批評を受けること自体は当然甘受すべきものであるから、その批評が人身攻撃に及ぶなど批評の域を逸脱している場合などの場合を除き不法行為を構成することはいえない」との一般論を示したうえで、原告として受忍すべき限度の範囲内であるとして、名誉感情侵害を認めませんでした。

 そのため、裁判所は顔写真を公開した①の投稿に関してIPアドレスの開示を認めました。

  • 考察

 以上のようにVtuberに対する侮辱、批評であっても、実質的に現実のVtuberの中の人に対する侮辱、批評であると認められるならVtuberというキャラクターではなく、その「中の人」に対する名誉毀損、名誉感情侵害と認める傾向にあるようです。

 ただし、発信者情報開示請求を行うにあたって「権利侵害の明白性」がハードルとなり、名誉感情侵害との主張であっても、単なる「バカ」「アホ」などでは名誉感情侵害を認めず、差別的な内容が含まれていたなどの場合に名誉感情侵害を認めるようです。

 また、ニュース記事内にある後輩に対するパワハラを行ったと言われたVtuberさんの件は名誉感情侵害というよりも、事実を摘示する形の名誉毀損であると考えられることから、上に挙げた裁判例とは事案が違うことは気になります。つまり、真実性の抗弁、相当性の抗弁が主張される可能性があり、これによって、IPアドレスの開示が認められない可能性があるかもしれないと考えられます。

 

令和4年3月28日に後輩に対するパワハラを行ったと言われたVtuberさんの件はIPアドレスの開示を認めるとの判決になったようです。(3/28追記)